第5回(2007年) 8月26日(日) 13:30〜
  東志津 監督作品

出演:栗原貞子 語り 余貴美子
プロデューサー 伊勢真一 
撮影協力 石倉隆二 音響構成 渡辺丈彦 音楽 横内 丙午 録音協力 米山靖
題字・画 山福朱実 宣伝デザイン ジオン グラフィック
制作協力 ヒポコミュニケーションズ  一隅社 クロスフィット
企画制作 映画「花の夢」製作上映委員会 いせFILM

撮影・監督 東 志津    芸術文化振興基金助成事業 (2006年カラー16mm105分)


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栗原貞子さん、81歳。東京、江東区の都営アパートで、老いた白い猫と共に静かな老後を送っています。
1944年、栗原さんは18歳の時に中国・東北部、当時、満州と呼ばれた地へ渡りました。「お国のために尽くしたい」希望に燃えての旅立ちでしたが、その直後に日本は敗戦。混乱の中、帰国することができず、その後35年もの間「中国残留婦人」として生きることを余儀なくされました。
小さなアパートの片隅で、誰にともなく語られる記憶。「生きれるまでは生きようね」という言葉を最後に亡くなった友の亡骸は、その行方すらわからぬまま、今も中国の大地に眠っています。
「私たちは、なぜ、棄てられたのか」問うても、返事はありません。

本当のことをしりたい…  

たった60年余り前、異国の地でこんなにも辛い体験をした日本の女性がいたことを、今、どれだけの人が知っているでしょうか。私自身、栗原さんに出逢うまでは何も知りませんでした。なぜ、これほど多くの女性たちが遠い異国の地で見棄てられなければならなかったのか・・・ふとしたきっかけで出逢った孫のような年頃の私に、栗原さんはあの戦争の記憶を静かに語ってくれました。「野や山に死んで棄てられた子供、助けられなかったあの悔しさ。戦争ってなんだろうか・・・今思えば、腹の煮えくりかえる思いです」  
戦争によって人生を狂わされ、ようやく生き延びたものの、中国残留婦人となって生き延びた栗原さんの人生もまた苦難の日々でした。それでも、人々と出会い、家族を持ち、中国の大地にしっかりと根を張って、栗原さんは新しい人生を切り拓いていきます。「何があっても生き抜く」。あの時代を生きた女性たちの命への深い思いに、私の心は強く揺さぶられました。「あの野原いっぱいに咲いた花。それを見るのが一番楽しかった。うん。きれいだったよ。それが思い出だな」
栗原さんを励ましたのは、あの中国の大地一面に咲き誇る花でした。その美しい大地に散っていった若い命は、どんな明日を夢見ていたのでしょう。「花の夢」に耳を澄ませ、私たちの今を確かめたい。現代を生きる私たちの、遠い記憶への旅が始まります。花は散ってもまた種を落とし、命は続いていくように、栗原さんの記憶は映画となって私たちに引き継がれます。この作品は、それを受け継ぐ私の、そしてひとりひとりの物語でもあるのです。                             
                                                 監督 東 志津