長く沈黙を保ってきた「ひめゆり学徒」
第2次世界大戦末期、沖縄では住民を巻き込んだ地上戦が展開されました。
15歳から19歳の女学生たちも戦場動員され、献身的な看護活動の末、多くが亡くなりました。
「ひめゆり学徒隊」です。
あまりにむごい体験をへて生きのびた生徒たちの多くは、戦後長く沈黙を保っていました。
13年の時をかけ、生存した女生徒22人の言葉を丹念に紡いだ作品 繰り返し映画やテレビ、
舞台で取り上げられ、「聖なる人々、殉国美談、反戦の語り部・・・」さまざまなイメージが「ひめゆり」
にはつきまとっています。私自身には重すぎるテーマでした。
しかし縁があってひめゆりの生存者の方々にお会いしてみると、私がわかったつもりになっていたのは
余りに表面的なことにすぎないと気づき愕然としました。
ひめゆり学徒たちの思いと体験は、それを伝える側の気持ちが強すぎるあまり、かえって耳を傾けて
もらえなかったり、断片として切り取られ伝えられることが多かったのです。
沖縄の親戚の家に泊まり込み、彼女たちの証言にじっくりと耳を傾ける日々が始まりました。
果てしない記録は今も続いています。
監督 柴田昌平
映画の完成を待たずに3人の証言者が亡くなっている。
ひとつひとつ私たちは失くしていく。全てを失くす前に叶えたい。
おばぁたち、待っててね、なんにも分かっちゃいない私はせめておばぁたちが好きだった歌をうたおう。
鮮やかに見えるようだ。壕の中の笑い声。あなたが笑ってくれる歌を届けるからね。
“忘れたいこと”を話してくれてありがとう。
“忘れちゃいけないこと”を話してくれてありがとう。
歌手Cocco (毎日新聞『想い事。』より)
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